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神戸地方裁判所 平成5年(ワ)2257号 判決

原告

田中栄人

原告兼右法定代理人親権者父

田中栄司

原告兼同法定代理人親権者母

田中玲子

右三名訴訟代理人弁護士

乗鞍良彦

戎正晴

被告

明石市

右代表者市長

岡田進裕

右訴訟代理人弁護士

奥村孝

石丸鐡太郎

堀岩夫

主文

一  被告は、原告田中栄人に対し、金七一〇七万五九六八円及び内金六四六七万五九六八円に対する平成四年七月一五日から、内金六四〇万円に対する平成一〇年二月二八日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告田中栄司及び原告田中玲子それぞれに対し、各金一七五万円及び内金一五〇万円に対する平成四年七月一五日から、内金二五万円に対する平成一〇年二月二八日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その四を原告らの、その六を被告の負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告田中栄人に対し、金二億一六七五万四一八八円及び内金二億〇一七五万四一八八円に対する平成四年七月一五日から、内金一五〇〇万円に対する判決言渡しの日の翌日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告田中栄司及び原告田中玲子それぞれに対し、各金八二〇万円及び内金七〇〇万円に対する平成四年七月一五日から、内金一二〇万円に対する判決言渡しの日の翌日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の設置する中学校に在籍し、水泳部に所属していた原告田中栄人が、同校に設置されているプールにおいて、部活動の練習中に逆飛び込みを行った際、プールの底に頭を打ち付けて頸椎骨折等の傷害を負った事故(以下「本件事故」という。)につき、同原告及びその両親であるその余の原告らが、右プールの設置管理上の瑕疵(国家賠償法二条一項)又は水泳部の顧問教諭の指導上の安全保護義務違反(同法一条一項)があったとして、被告に対し、損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者等

(一) 原告田中栄人(以下「原告栄人」という。)は、昭和五三年一二月一二日生まれ(本件事故当時満一三歳)で、本件事故当時、明石市立大蔵中学校(以下「大蔵中学」という。)の第二学年に在籍し、同校の課外のクラブ活動としての水泳部に所属していた。

原告田中栄司(以下「原告栄司」という。)は、原告栄人の父親であり、原告田中玲子(以下「原告玲子」という。)は、原告栄人の母親である。

(二) 被告は、大蔵中学を設置管理しており、また、訴外北英昭(以下「北教諭」という。)は、本件事故当時、大蔵中学の教諭として被告に雇傭されており、水泳部の顧問をしていた。

2  水泳部の存続問題(乙一、原告玲子本人及び弁論の全趣旨)

(一) 大蔵中学では、平成三年度末に当時の水泳部指導者が転勤となり、水泳部を存続させるか、どのような形で存続させるか等の問題が生じ、これに対し水泳部員の保護者からは存続要望が出される等していた。

(二) 職員会議

大蔵中学では、平成四年四月一日、二日の職員会議でこの問題につき討議し、専門的な指導をできる教諭がいない点、事故が起こった場合の責任問題の点等から、廃部すべきとの意見も出されたが、結局、要旨次のとおりの結論を出した。

(1) 部活動は、教育課程外の特別活動であるが、生徒が自ら選択した学習活動であり、生徒の意欲や活力を生み出している。

(2) 水泳部は、生徒の自主性を尊重し、生涯スポーツへの展望を図る上から、専門的指導はできないまでも、学校教育の一環として一般的な安全指導や生活指導をしながら、存続させる。

(3) 平成四年度の水泳部指導者を、平成四年四月から同年七月末までは北教諭、同年八月から平成五年三月末までは平田教諭に依頼し、通年の試合等の引率要員を木村教諭に依頼する。

(4) 水泳部の専門的指導は困難であることから、学校外のスイミングスクールに所属していない新二年生、三年生部員には転部を働きかけ、希望を受け入れる。新一年生については、学校外のスイミングスクールに所属している者のみに入部を認める。

(三) 保護者会

右水泳部の存続問題について、平成四年五月一日、学校側から校長、北教諭、平田教諭の三名が、保護者側から原告玲子を含む二一名が出席して保護者会が開催され、当時の水泳部キャプテンの保護者から、

(1) 存続されることになって安堵している。

(2) 学校には、専門的な技術指導は要求しない。指導教諭は、練習に付き添って一般的な生活指導をしたり励ましてくれればよい。

(3) 水泳部には、従来からの練習メニューがあり、メニューの組立は三年生を主体に部員自身で十分できるし、また、スイミングスクールにも所属している生徒はそれぞれ自己の練習メニューを持っているので、個々に応じての練習が可能である。

(4) 事故のことに必要以上に神経質になることはない。

等の意見、要望が出され、討議を経た結果、右職員会議の結論のとおりに存続することで了承された。

3  プールの構造(甲一、検証の結果)

本件事故当時、大蔵中学内に設置されていたプール(以下「本件プール」という。)は、別紙図面一、二のとおりであり、長さ二五メートル、七コースで、第二コースのスタート台(以下「本件スタート台」という。)真下の水深が一〇七センチメートル、本件スタート台の水面からの高さが61.6センチメートルであった。

4  本件事故

(一) 平成四年七月一五日、原告栄人ら水泳部員は、本件プールにおいて、午後二時三〇分ころに部活動を開始した。当日の練習内容は、スタートダッシュ、飛び込み、五〇メートルのインターバル、フィンを付けてのキック練習等であった。

(二) 原告栄人は、同日午後四時三〇分ころ、本件プールの第二コースのスタート台(本件スタート台)から逆飛び込みを行った際、本件プールの底に頭部を打ち付けて、第五頸椎骨折、頸髄損傷の傷害(以下「本件傷害」という。)を負った。

(三) 北教諭は、本件事故の際、職員室におり、本件プールにはいなかったが、事故直後に原告栄人が他の部員らにプールから引き上げられている様子を職員室から目撃して、プールへ駆けつけた。

二  主要な争点

1  本件プールの設置管理の瑕疵(国家賠償法二条一項)の有無

2  顧問教諭の指導上の安全保護義務違反(同法一条一項)の有無

3  因果関係の有無

4  原告らの損害額

三  争点についての当事者の主張

1  争点1(設置管理の瑕疵)について

(原告らの主張)

(一) プールの瑕疵の有無は、水深とスタート台の高さとの相関関係において判断されるべきものであるところ、以下の点から、スタート台の高さ61.6センチメートルに対し、水深一〇七センチメートルでは浅すぎるのであり、本件プールの危険性は明らかである。

(1) 文部省の「手びき」は、もともと逆飛び込みに際しプール底で頭を打つ事故防止という観点からの検討が欠けており、しかも昭和四一年に発行されてから全く改定されておらず、その、後の児童・生徒の体格の向上を全く反映していないのであり、その定める規格自体不十分なものであるが、本件プールは、その水深とスタート台の高さの相関から見れば、右規格にすら合致するとは言い難い。また、本件プールは、「手びき」の競泳プールについての基準(スタート台の高さ六〇センチメートル、水深1.3ないし1.8メートル)を満たしていない。

(2) 財団法人日本水泳連盟(以下「水泳連盟」という。)の平成四年改定の「プール公認規則」(以下「新公認規則」という。)は、端壁前方五メートルまでの水深が1.2メートル未満であるときはスタート台を設置してはならないとしている。

(二) 平成四年度の一四歳男子の平均身長、体重は、一六五センチメートル、54.7キログラムと成人と同程度なのであり、本件事故当時、原告栄人は身長一七五センチメートル、体重六二キログラムであったが、この程度の体格を有する中学生は少なくなかった。

原告栄人程度の体格の者が、水深一〇七センチメートルのプールに、高さ61.6センチメートルのスタート台から逆飛び込みをすれば、底に頭をぶつけて重大な事故の生ずる可能性のあることは容易に想定できるのであり、本件プールは、このような体格の者の逆飛び込みに使用されるものとして通常有すべき安全性を欠いていたことが明らかである。

(三) 以上のとおり、本件プールの設置管理には瑕疵があり、被告は、国家賠償法二条一項に基づき、原告らが被った損害を賠償する義務がある。

(被告の主張)

(一) 文部省の示している「水泳プールの建設と管理の手びき」(以下「手びき」という。)は、中学校用の学校プールとして、水深は八〇ないし一四〇センチメートル、水面からスタート台上部までの高さは三〇センチメートル以上七五センチメートル以下が適当としている。本件プールの水深及び本件スタート台の高さはともに右基準に適合しているから、本件プールの設置管理に瑕疵はない。

(二) 原告栄人は、練習メニューが終了した後に、一回目は普通の飛び込みをした後、二回目はふざけていわゆるライダーキック(仮面ライダーのポーズを真似したもの)のような飛び込みをし、三回目にもふざけてスタート台から高く飛び上がって両腕を大きく拡げ内側に曲げた姿勢で飛び込みをして本件事故に遭ったのである。

このような原告栄人の悪ふざけによる逆飛び込みは、プールの通常の用法に即しない行動であり、設置管理者において通常予測し得ないものであったのであるから、本件プールの設置管理に瑕疵はない。

2  争点2(指導上の安全保護義務違反)について

(原告らの主張)

(一) 学校の教師は、学校における教育活動から生ずるおそれのある危険から、生徒の生命、身体等を保護すべき義務を負っており、危険を伴う技術を指導する場合には、事故の発生を防止するために十分な措置を講ずる高度の注意義務がある。課外の部活動も学校教育の一環として実施されるものであるところ、水泳部の活動、特に逆飛び込みに事故発生の危険があることや同種事故が多発していることは多くの指導書で指摘される等、周知の事実であった。

また、大蔵中学においても、飛び込み練習中に生徒が鼻や頭を本件プールの底で擦るという事態が何度か発生していた。

したがって、水泳部の指導にあたる北教諭は、普段から逆飛び込みの危険性を水泳部員に周知させ、適切な飛び込み方法を指導する義務があったのであり、また、水泳部員に本件スタート台から逆飛び込みをさせる場合には、その練習に立ち会い、入水角度が大きくなりすぎて本件プールの底で頭を打つことのないような適切な飛び込み方法を指導する義務があった。

(二) しかるに、北教諭は、本件事故以前に、ごくまれにしか部活動に立ち会わず、飛び込み方法等水泳の技術的な指導はおろか練習内容や練習態度について指導をしたことは全くなかったし、また、本件事故当日に逆飛び込みの練習をすることを認識し得たのに、本件事故の際の練習に立ち会っていなかったのであるから、右注意義務を怠ったことは明らかである。

なお、学校側が技術的専門指導を行わないことを保護者側が承知していたことと、生徒の安全に配慮し事故の発生を防止すべき注意義務の存否・程度とは、全く別次元の問題である。

(三) 以上のとおり、北教諭には注意義務違反があり、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告らが被った損害を賠償する義務がある。

(被告の主張)

(一) 大蔵中学においては、平成四年度は、水泳部の専門的技術的指導は行わないことになっており、この点を生徒及び保護者も理解し協力していたのであるから、被告側に要求される注意義務は、通常よりも相当程度緩和されるべきである。

(二) 本件事故の発生ないし原告栄人の行為を予見することは、以下の状況から不可能であった。

(1) 本件プールは、体育の正課授業においても使用されるが、過去に本件のような事故が発生したことはなかった。

(2) 平成四年度の水泳部員は、一年生の時から指導を受けてきた二年生、三年生及びスイミングスクール出身者に限定した新一年生であり、既に水泳及び逆飛び込みの十分な能力を有していた。

(3) 北教諭は、常日頃から、練習内容や練習態度について厳しく指導していた。練習メニューは北教諭と三年生とで組み立て、北教諭が不在で立ち会えない時は練習を中止し、校内にいても他の用事で立ち会えないときは練習メニューにしたがって練習するようキャプテンに指示していた。

本件事故当日も、練習前に、練習態度についてのミーティングを約五〇分間行った。

(4) 事故当日、北教諭は、三者懇談会等のためプールと教室を行き来していたが、職員室からも窓越しに練習を見守っていた。

(三) 本件事故は、一瞬の出来事であり、しかも前述の原告栄人のふざけた行為によって発生したものであるが、そのような原告栄人の行為を予見し得ない以上、回避も不可能であった。

(四) 課外の部活動については、顧問教諭は、何らかの事故発生の危険性を具体的に予見できるような特段の事情のない限り、常時立ち会うべき義務はないところ、本件事故発生を予見することは不可能であったのであるから、北教諭に、本件事故防止のために課外の部活動へ常時立ち会うべき義務はない。

3  争点3(因果関係の有無)について

(被告の主張)

仮に被告において何らかの落ち度・過失があったとしても、また、本件プールに何らかの設置管理上の瑕疵があったとしても、本件事故は、原告栄人が悪ふざけで飛び込みをしていたなかで発生したものであって、本件傷害との間には因果関係がない。

4  争点4(損害額)について

(原告らの主張)

原告栄人は、本件傷害により、四肢がほぼ完全に麻痺し、知覚障害及び排泄障害等の四肢体幹機能障害が生じ、身体障害者一級と認定された。

(一) 原告栄人の損害(合計二億一六七五万四一八八円)

(1) 入院中の治療費(合計五三万四七四四円)

(内訳)神戸市立中央市民病院 六万一〇四〇円

県立のじぎく療育センター 四七万三一一四円

兵庫県立総合リハビリテーションセンター 五九〇円

(2) 退院後の治療費(薬代)(合計二六二万五〇八四円)

原告栄人は、退院後も定期的な薬剤投与と自己導尿を継続し、今後も引き続き加療を要するところ、その費用として一か月平均一万円を要する。

(計算)平成六年ないし平成八年分

年一二万円×三年=三六万円

平成九年分以降

平成三年簡易生命表によると、原告栄人(事故当時満一三歳)の生存可能年数は本件事故時から六四年であり、平成九年以降の加療期間は五九年間となる。

年12万円×18.8757(五九年のライプニッツ係数)=226万5084円

(3) 療養雑費(合計一一九二万七四八二円)

原告栄人は、入院中はもちろん、退院して自宅で療養する場合にも、紙おむつ、座薬その他の療養雑費として、一日あたり一四〇〇円は必要である。

(計算)平成四年七月一五日から平成八年一二月末日分

一日一四〇〇円×(一七〇日+三六五日×四年)=二二八万二〇〇〇円

平成九年分以降

一日1400円×365日×18.8757(五九年のライプニッツ係数)=964万5482円

(4) 付添看護費用(六九四五万五一二〇円)

原告栄人は、生涯(平成三年簡易生命表によると、生存可能年数は平成六年から六二年)他人の介助を必要とするところ、原告栄司は、同玲子とも原告栄人の存命中最後まで原告栄人の介助を続けることはできないから、職業的付添看護人の付添料並の日額一万円を基準として看護料を算定するのが相当である。

(計算)1日1万円×365日×19.0288(六二年のライプニッツ係数)=6945万5120円

(5) 逸失利益(七九七一万七〇七二円)

原告栄人は、本件事故により労働能力を一〇〇%喪失したが、本件事故がなければ一八歳(事故時から五年後)から六七歳(事故時から五四年後)まで労働可能であった。逸失利益は、平成七年度賃金センサス(産業計・企業規模計・学歴計・年齢計の男子労働者の年平均給与額五五九万九八〇〇円)の基準により算定するのが相当である。

(計算)年559万9800円×{18.5651(五四年のライプニッツ係数)−4.3294(五年のライプニッツ係数)}=7971万7072円

(6) 家屋改造費(三四〇六万八五六二円)

原告栄人が自宅で生活するために家屋の大幅な改造が必要となり、三四〇六万八五六二円を要した。

(7) 自動車代(二三七万〇〇二九円)

原告栄人の通学、通院等のため、車椅子のまま乗り降りできる自動車が必要であり、その購入費用に二三七万〇〇二九円を要した。

(8) 車椅子、ベッド等(合計四六万四二四五円)

原告栄人が日常生活を送るのに、車椅子、介護リフター、障害者用ベッドが不可欠であり、次のものを購入した。

(内訳)車椅子 一〇万六五〇〇円

介護リフター用吊り具 四万〇一七〇円

ベッド 三一万七五七五円

(9) 慰謝料(二五〇〇万円)

原告栄人の入院の状況、後遺症の程度、年齢、中学校在学中の事故であること等の事情を考慮すると、原告栄人の精神的苦痛を癒す金額としては二五〇〇万円が相当である。

(10) 弁護士費用(一五〇〇万円)

原告栄人の総損害額からみて、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は一五〇〇万円を下らない。

(11) 損害の填補(合計二四四〇万八一五〇円)

原告栄人は、本件事故の損害の填補として、学校健康センターから障害見舞金等として合計二四〇〇万八一五〇円の支払を受けた。

(二) 原告栄司及び同玲子の損害(合計各八二〇万円)

(1) 慰謝料(各七〇〇万円)

原告栄司及び同玲子は、本件事故により、我が子(原告栄人)が死亡したに比べて優るとも劣らない精神的苦痛を被ったのであり、それを癒す金額として少なくとも各七〇〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用(各一二〇万円)

原告栄司及び同玲子の損害額からみて、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は各一二〇万円を下らない。

(被告の主張)

被告は、原告主張の学校健康センターの支出の他、以下の損害の填補を行ったのであり、右金員も損害額から控除されるべきである。

(一) 復学の際の支出額(合計三九三万六六九九円)

被告は、原告栄人が大蔵中学に復学するに際し、次のとおり支出した。

(内訳)学校施設改善及び必要備品(小計二一七万八七六〇円)

アルミタッド式可動間仕切 二九万八〇〇〇円

階段昇降用段差解消機 一三六万一六六〇円

介護用ベッド一式 二二万〇四〇〇円

プライベートルーム空調設備 二九万八七〇〇円

原告栄人のパート介助員賃金 一七五万七九三九円

(二) 公的年金等(合計八〇万七九二〇円)

原告栄人は、次のとおり公的年金・手当等を受領した。

(内訳)障害者福祉金 七万八〇〇〇円

障害児福祉手当 一六万一四四〇円

特別児童扶養手当 五六万八四八〇円

第三  争点に対する判断

一  本件事故に至る経緯等について

証拠(甲一、七ないし九、乙二、三の1、2、五、八、九、二〇、証人田住、同金原、原告栄人、同玲子各本人、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

1  本件プールは、東西方向に長さ約二五メートル、南北方向に幅約14.15メートルで、南側から北側へ順に第一から第七まで七つのコースがあり、各コースの東西の両端に飛び込み台が備えられていた。

本件プールの水深は、満水時には、最浅部で一〇六センチメートル、排水溝を除く最深部で一一八センチメートルであり、第二コースの水深は、東側飛び込み台の真下で一〇七センチメートル、東側壁面から西へ二メートルの地点で約一〇九センチメートル、同五メートルの地点で約一一〇センチメートルであった。

第二コースの東側の飛び込み台(本件スタート台)の高さは、満水時の水面から61.6センチメートルであった。

本件事故以前に、本件プールにおいて重大事故が発生したことはなかったが、原告栄人は飛び込みの際に底で鼻を擦ったことがあり、本件プールが他のプールに比べて浅いと感じていた。

2  水泳部では、廃部問題があったため、平成四年度には、部員を、前年度から引き続き部に所属している二年生、三年生とスイミングスクール出身者等の一年生に限定していた。原告栄人は、小学生当時、地元のスイミングスクールに所属し、最終的には三級(クロール、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライで各五〇メートルを泳ぐことができるもの。飛び込み台からの飛び込みも相当程度練習している。)であった。

日頃の練習では、三年生が主体となって日毎に一応の練習メニューを決めていたが、スイミングスクールにも所属し独自の練習メニューを有する部員も多く、皆が揃って同じメニューで練習をしていたわけではなかった。水泳の専門的技術について、北教諭や上級生が指導をするようなことはほとんどなかった。

3  北教諭が校内にいないときは、水泳部の練習を中止していた。北教諭が校内にいるときでも、水泳部の練習に常時立ち会っていたわけではなく、また立ち会っていたときも水泳の技術的な指導をすることはなかった。北教諭が立ち会っているときは、部員はまじめに練習していたが、いないときには、ふざけたり遊んだりする者もおり、これを上級生らが注意するというようなことはなかった。

水泳部では日頃から五分程度の短時間のミーティングを行っていたが、話をするのは主としてキャプテンであり、たまに北教諭が話をしても、真面目にやれ、気合いを入れろ、挨拶をしろというようなことが多く、飛び込み事故等の危険性を具体的に指摘して注意を喚起するようなことはなかった。

4  逆飛び込みの方法には、スタート台から前方に蹴って遠くに、水面とほぼ水平に入水する方法(以下「フラットスタート」という。)のほか、スタート台から前方上に蹴って、高く上がり、腰の曲げと反りの反動及び落下から生ずる加速度を利用してある程度の角度で入水する方法(以下「パイクスタート」という。)などもある。パイクスタートは、相当高度の技量と熟練を要するものであり、わずかのミスで入水角度が大きくなり過ぎる危険性の大きいものである。

水泳部では、逆飛び込みについても、顧問教諭や上級生が部全体として指導することはなく、各自が他の上手な部員のフォームを真似て練習することが多かった。上手な者の中にはパイクスタートをする者もおり、これを真似る部員もいた。

また、スタート台からの飛び込み練習は、体育の授業では行われていなかったが、水泳部の部活動では大会前等に行われており、特に禁止ないし制限されてはいなかった。

5  平成四年七月一五日は、授業は午前中(一一時三〇分ころ)で終わり、水泳部の練習は午後二時三〇分ころから四時三〇分の予定であった。

北教諭は、以前から、部員のマナーの悪さ、練習の開始・終了に集合も挨拶もなくけじめがないこと、部のチームとしてのまとまりのなさ等について指導の必要性を感じていた(ただし、これまでは着任早々で、部の様子を見ていたため、取り立てて注意することはほとんどなかった。)ため、同日一二時ころから約一時間にわたって、部員をプールサイドに集めてミーティングを行った。しかし、これには部員全員が参加したわけではなく(原告栄人も参加していなかった。)、また参加した部員に対しても、飛び込み事故の危険性について十分認識させるような説明・指導までは行われなかった。

6  同日午後四時三〇分ころ、第一コースでは三年生数名らが、プール内にビート板で飛距離の目標位置を設定して、スタート台から逆飛び込みを行う練習をしていた。

原告栄人も、他の部員とともに、第二コースで飛び込み練習を始めた。同原告らは、当初は本件スタート台から通常の逆飛び込み(フラットスタート)をしていたが、そのうち、ふざけてライダーキックのような形で足から数回飛び込むなどしていた。

その後、原告栄人は、本件スタート台から逆飛び込みをした際に、普段よりも高く上がり腰を曲げてパイクスタートのような形を取ったが、かなりの急角度で入水し、頭部をプールの底に打ち付けた。

7  原告栄人は、本件事故後、足と手が下にだらんと沈むような格好で、背中が浮かぶような格好で水面に浮上し、コースロープに接触するように浮かんでいた。他の部員たちは、原告栄人の飛び込み方について特別危険性を感じていなかったので、当初同原告が大怪我をしたとは思わず、死んだ振りでもしてふざけているのかなと思ってみていたが、そのうち様子が変なことに気づき、同原告をプールサイドに引き上げた。

原告栄人の本件事故時の飛び込み姿勢について、証人金原はパイクスタートではなく高飛び込みのように垂直に入水したもので、自分はふざけてしたもののように思う旨供述している。これに対し、証人田住はパイクスタートと同様であり、ふざけて飛び込んだものではない旨供述し、原告栄人は、本人尋問において、通常の飛び込み(フラットスタート)をしようとし、ただ遠くへ飛ぼうと思って思い切り蹴って飛んだ旨供述する。

証人田住の飛び込みの体勢に関する供述には手の格好の記憶がないなど不明確な部分があり、原告栄人の供述も頭部のどこが底に当たったか分からないなど不明確な部分がある。これに対し、証人金原は、第三コースのプール東端から約四ないし五メートルの水中から部員が飛び込む様子をみており(乙三の2、証人金原)、その供述も比較的具体的詳細である。しかしながら、証人金原は第一コースで三年生の飛び込み練習を注視していた(乙三の1、2、証人金原)のであり、原告栄人の飛び込み自体を注視していたのではないし、金原には、目撃した位置関係から、第二コーススタート台から飛び込みプール東端から約二メートルの水面に着水した(乙三の1、2)原告栄人が、上から下に落ちてくるように見えたと考えられることなどから、一瞬の飛び込みの態様について、原告栄人が高飛び込みのように垂直に入水したとの証人金原の供述が正確なものと断ずることはできない。そして、証人金原は、原告栄人の飛び込みがふざけてしたものと思ったという根拠について、直前にライダーキックを真似た飛び込みをしていたからであると供述しているが、同原告が直前にふざけたと思われる飛び込みをしていたからといって、そのことから直ちにその後の飛び込みもふざけて行ったということはできず、また、同原告の様子を見ていた他の部員が当初重大な事故が起こったとは思わなかったことは、同原告の飛び込みの態様が極端に異常なものではなかったことを窺わせるものである。

そうすると、証人金原の前記供述からは直ちに同原告がふざけて高飛び込みのような態様で飛び込んだ旨認定することはできない。

二  争点1(設置管理の瑕疵)について

1  後記証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一) 公認規則について(甲八、一〇、弁論の全趣旨)

本件事故前の昭和六二年改定の水泳連盟プール公認規則(以下「旧公認規則」という。)は、スタート台の高さについて、水面から二一センチメートル以上かつ水深から五五センチメートルを減じた高さ以下、ただし七五センチメートルを超えないこととしていた。

しかし、平成四年改定の新公認規則(同年四月一日施行)は、新たに、二五メートルプールのスタート台と水深の関係について、端壁前方五メートルまでの水深が1.2メートル未満であるときはスタート台を設置してはならないとした上、補足説明(「飛び込み事故」と水深の関係について)で、特に右の禁止規定を設けた趣旨について触れ、体育医学の研究者の報告によれば、任意な姿勢で飛び込んで頭部等の障害を受けない水深は2.7メートルであり、「水深1.20mは決して安全の基準ではない」が、いかなる姿勢で飛び込んでも事故を防止できるとされる水深は2.7メートル以上のプールは余りにも現実離れしているための妥協である旨を指摘している。

(二) 「手びき」について(乙四)

文部省が昭和四一年に発行した「手びき」は、「小中学校プールで、公認プールにならって最浅水深を一m以上にとることがあるが、これでは深すぎて事故の原因ともなるので、日本水泳連盟では「小中学校標準プール」に関する規定を設けて、最浅水深を八〇cmとするようにすすめている。」とした上で、

学校プールの水深につき、

幼児用プール   最浅0.3、最深0.8メートル

小学校用プール  最浅0.8、最深1.1メートル

中学校プール  最浅0.8、最深1.4メートル

高等学校・大学プール 最浅1.2、最深1.6メートル

競泳用プールの水深につき、最浅1.3、最深1.8メートル

が適当であるとしている。

また、スタート台の水面からの高さにつき、三〇ないし七五センチメートルの範囲内になければならないとし、小中学校プールでは四〇センチメートル程度、競泳プールでは六〇センチメートル程度が適当であるとしている。

(三) 小中学校の体格の向上について(甲一一、原告栄人、同玲子各本人)

近年、小中学生の体格は大幅に向上しており、例えば、一三歳男子の平均身長、体重は、昭和三八年度は150.7センチメートル、40.7キログラムであったのが、平成四年度は159.3センチメートル、49.4キログラムとなっている。

なお、原告栄人は、本件事故当時、身長約一七五センチメートル、体重約六二キログラムであった。

(二) プール事故の危険性について(甲四ないし一〇、一二)

日本体育・学校健康センター発行の「学校における水泳事故防止必携」、文部省発行の「中学校指導書保健体育編」、「水泳指導の手引き(改訂版)」等は、逆飛び込み(スタート)に際し重大な事故が生ずることがあるので安全については細心の配慮が必要である旨を指摘している。小中学校における体育活動中の死亡事故は水泳中のものが最も多いこと、水泳中の事故で重傷を負うのは飛び込み事故が多く、飛び込み事故は技量の低い者のみならず習熟者にも多く発生していること等も多くの文献で指摘されており、飛び込み事故に関して多くの裁判例もある。また、横浜市が飛び込み事故を防止するため、飛び込み台を撤去することが昭和六三年二月に新聞で報じられたこともあった。

2  以上の事実に基づき判断すると、まず、右のとおり、本件事故当時の新公認規則が、水深1.2メートル未満の場合にはスタート台の設置を禁止していた趣旨は、そのようなプールでスタート台から飛び込めば底に頭部を打ち付ける等の事故が生ずる危険が高いと判断し、それをできる限り防止することにあると考えられるところ、本件プールは、新公認規則に定める基準を満たしていなかった。また、本件事故前の昭和六二年改定の旧公認規則に照らしても、スタート台の高さは、約五五センチメートル以下でなければならない(110−55=55)のに、本件スタート台はこの基準も満たしてはいなかつた。本件プールは、体育の水泳授業のみならず水泳部のクラブ活動においても利用されており、クラブ活動においては競技会等で好成績を挙げることも目標の一つであり、そのためにスタート台からより良くより早い逆飛び込みの練習をすることは当然に予定されていたものと考えられ、現にスタート台からの飛び込み練習も行われていたのであるから、本件プールの設置管理に当たり、旧、新の各公認規則の定める基準は十分参照されなければならかったものというべきである。

次に、「手びき」は、水深についての基準を用途別に定めながら、スタート台の高さについては一律に三〇ないし七五センチメートルと四五センチメートルもの巾をもたせて定めているところ、飛び込み事故の危険性を考えれば、新公認規則の前記補足説明を参照するまでもなく、七五センチメートルのスタート台真下の水深が0.8メートルでよいとするのが「手びき」の趣旨であるはずがなく、「手びき」で定めるスタート台の高さについては、用途別に定められた水深との相関関係で理解すべきものと考えられ、その場合、「手びき」では、中学校プールのスタート台の高さは四〇センチメートル程度が適当であるとされており、逆に、本件プールのようにスタート台の高さが六〇センチメートル以上ならば水深は1.3メートル以上が必要であることなどは、「手びき」自体を合理的に解釈すれば容易に理解し得るところであり、このように考えたときは、本件スタート台の高さが「手びき」の趣旨に合致していたとするには疑問がある。

さらに、「手びき」が小中学校のプールにおける水深の最浅の数値を定めるに当たっては、主として溺死事故の防止を念頭においたものであって、飛び込み事故防止の観点に十分な配慮をした事実は窺えない。また昭和四一年以後の児童生徒の体格の向上や飛び込み事故の報告例等を考慮して改定されることもなかったものであるから、飛び込み事故に対する安全性を判断する基準としての有用性自体にも疑問がある。近時の生徒児童の体格の向上は著しく、中学生でも大人と同程度の体格を有する者も少なくないところ、そのような中学生が本件プールでスタート台から逆飛び込みを行った場合、水深(一一〇センチメートル程度)に対しスタート台(六一センチメートル程度)が高すぎるために、入水角度が深くなる等すれば、プールの底に頭部を打ち付けて事故を起こす危険性が高かったものといわざるを得ない。

以上の事情に照らせば、本件プールにおいてスタート台から逆飛び込みを行う場合には人身事故の発生する危険性が高かったのであるから、本件プールは、そのような利用をするプールとして通常有すべき安全性を欠いていたものであり、設置管理上の瑕疵を有するものであったというべきである。

3  被告は、原告栄人は悪ふざけをして逆飛び込みを行ったものであり、このような行動はプールの通常の用法に即しないものであって、設置管理者には通常予測し得ないものであった旨主張する。

しかし、前記一のとおり、原告栄人の飛び込みを悪ふざけによるものと認めるに足りる的確な証拠はなく、右飛び込みが通常の逆飛び込みに比して入水角度が大きかったということがあったとしても、プールの通常の用法に即しないものとまではいえない。したがって、被告の右主張は理由がない。

三  争点3(因果関係の有無)について

右一認定の事実によれば、本件傷害は本件事故により生じたことは明らかである。

この点、被告は、本件事故は原告栄人が悪ふざけで飛び込みをしたなかで発生したものであるとして、本件傷害との因果関係がない旨主張しているが、右二3で述べたとおり、原告栄人の飛び込みが悪ふざけでした、およそ予想のできないものであったという事情は認めることができず、右被告の主張は理由がない。

四  争点4(原告らの損害額)について

1  治療経過・後遺症等

証拠(甲二、三、二一、二二、三二ないし三六、原告栄人、同玲子各本人及び弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告栄人は、本件傷害により、両下肢が完全に麻痺し、両上肢の機能も著しい障害を受け、その他知覚障害及び排泄障害等の四肢体幹機能障害が生じ、現在、身体障害者一級と認定されており、今後も改善の見込みはない。

(二) 原告栄人は、次のとおり入院し治療を受ける等した。

平成四年七月一五日、神戸市立中央市民病院で初期治療を受けた。

同月一六日、兵庫県立のじぎく療育センターへ転院、入院し、頸椎等の治療、リハビリテーションを受けた。

平成五年四月六日、兵庫県立総合リハビリテーションセンターに転院、入院し、更なるリハビリテーションを受けた。

同年七月一九日、症状固定し、四肢麻痺、知覚障害、排泄障害等の後遺症が残った。

平成六年四月、大蔵中学に復学した。

原告栄人は、退院後も加療及びリハビリのため通院している(なお、原告らは、退院後を平成六年以後として主張し、被告もこの点を争っていないので、以下においては、退院後に関するものについては、原告の主張どおり平成六年以後として損害額を算定することとする。)。

2  原告栄人の損害

(一) 逸失利益

前記認定の治療経過及び後遺症からすれば、原告栄人は本件事故により将来にわたって労働能力を一〇〇%喪失したものと認められる。

原告栄人は、本件事故以前は健常だったのであり(原告玲子本人)、本件事故がなければ一八歳(事故時から五年後)から六七歳(事故時から五四年後)までの四九年間就労可能であったと認めるのが相当である。

逸失利益算定の基準となる賃金センサスは、事故時である平成四年度のそれ(産業計・企業規模計・学歴計・年齢計の男子労働者の年平均給与額)によるのが相当であり、中間利息は原告らが主張するライプニッツ方式によって控除することとする。

原告栄人の逸失利益の本件事故当時における現価を算定すると、次のとおりとなる。

(計算)年544万1400円(平成四年度の男子平均給与額)×{18.565(五四年のライプニッツ係数)−4.329(五年のライプニッツ係数)}=7746万3770円

(二) 治療費

(1) 入院中の治療費

証拠(甲三一、乙一〇、一九及び弁論の全趣旨)によれば、神戸市立中央市民病院、兵庫県立のじぎく療育センター、兵庫県立総合リハビリテーションセンターへ入院中の治療費の大部分は被告が負担したが、原告ら主張のとおり合計五三万四七四四円は原告らが負担したものと認められる。原告らの負担分については、原告栄人の損害というべきである。

(2) 退院後の治療費(薬代)

証拠(甲二二ないし二四、三六、原告玲子本人)によれば、原告栄人については、退院後も定期的な薬剤投与と自己導尿を継続し、今後も引き続き加療を要するところ、その費用としては、生涯にわたり一か月平均一万円を要するものと認められる。

本件事故時である平成四年の簡易生命表によると、原告栄人(事故当時満一三歳)の生存可能年数は本件事故時から六四年であり、平成六年以降の加療期間は六二年間と推定される。

退院後(平成六年以後)の治療費について、本件事故当時の現価を算定すると、次のとおりとなる。

(計算)年12万円×{19.119(六四年のライプニッツ係数)−1.859(二年のライプニッツ係数)}=207万1200円

(三) 療養雑費

証拠(甲二二、二三、原告玲子本人及び弁論の全趣旨)によれば、原告栄人は、本件傷害のため、事故後今日まで入院中はもちろん退院して自宅で療養する場合にも、排便排尿等日常生活のために紙おむつ等の消耗品、雑貨品等を使用してきたものであり、今後も生涯にわたり同様の生活を余儀なくされるものと認められる。したがって、本件事故時からの平均余命六四年間にわたり、一日につき一四〇〇円を損害と認めるのが相当である。

療養雑費について、本件事故当時の現価を算定すると、次のとおりとなる。

(計算)1日1400円×365日×19.119(六四年のライプニッツ係数)=976万9809円

(四) 付添介護費用

証拠(甲二、三二ないし三五、原告玲子本人及び弁論の全趣旨)によれば、原告栄人は、本件傷害のため、退院後今日まで、常時、家族等の付添介助に依存して生活しており、今後も生涯にわたり同様の生活を余儀なくされるものと認められる。そして、原告栄人の生活は、当面は原告栄司及び同玲子(昭和二八年五月一八日生れ)が満六〇歳を過ぎる平成二五年一二月末日(事故時から二二年間)以後は同両名による介護を期待することはできず、職業的付添看護人を依頼するほかないものと認められる。

原告栄司及び同玲子による付添介護に要する費用は、一日につき六〇〇〇円の限度で、また、職業的付添看護人による介護の場合は、一日につき一万円の限度で、原告栄人の損害と認めるのが相当である。

原告栄人の付添看護費用としての損害について、本件事故当時の現価を算定すると、次のとおりとなる。

(計算)1日6000円×365日×{13.163(二二年のライプニッツ係数)−1.859(二年のライプニッツ係数)}+1日1万円×365日×{19.119(六四年のライプニッツ係数)−13.163(二二年のライプニッツ係数)}=4649万5160円

(五) 家屋改造費等

(1) 家屋改造費

証拠(甲一三、一九の1ないし6、二〇、二三、検甲一の1ないし25、二の1ないし10、原告玲子本人及び弁論の全趣旨)によれば、原告らの自宅はもともと健常人向けであり、本件傷害を負った原告栄人が自宅で生活するためには、家屋の大幅な改造が必要であったこと、原告らは工事費用として三四〇六万八五六二円を支出して家屋の増改築を行ったこと、右増改築工事の概要は、もともと原告栄人とその妹のための子供部屋があった平屋部分を、二階を増築して妹用の洋室及び和室二室等とし、一階はポーチ、段差昇降機を備えた玄関、システムキッチンを備えたリビングダイニングキッチン(LDK)、原告栄人用のケアールーム及びこれと介護用リフターで接続されたケアー用の便所、洗面脱衣室、浴室等とした上、車椅子で移動しやすいように床を板張りにし、随所にスロープを設け、その他門扉、フェンス、自転車置場等を設け、もともとあった物置を移設したというものであることが認められる。

本件事故と相当因果関係のある増改築費用も原告栄人の損害というべきところ、右増改築工事には、原告栄人用のケアールーム及びこれと介護用リフターで接続されたケアー用の便所、洗面脱衣室、浴室等や、板張りの床、スロープ等原告栄人の生活のために必要なものだけでなく、和室二室やLDK、ポーチ等必ずしもその全部に必要性を認めるのが困難なものも多く含まれている。したがって、本件事故と相当因果関係のある損害としては、原告栄人の本件傷害の程度等諸般の事情を勘案して、右増改築費用のうち一五〇〇万円の限度で認めるのが相当である。

(2) 自動車代

証拠(甲一五の1、2、二一、検甲一の26ないし30、原告玲子本人及び弁論の全趣旨)によれば、原告栄人の通学、通院等のため、車椅子のまま乗降できる自動車が必要であったこと、そのために原告らが車椅子のまま乗り降りできる自動車を二三七万〇〇二九円で購入したことが認められるところ、右自動車代金は、本件事故と相当因果関係のある原告栄人の損害というべきである。

(3) 車椅子、ベッド等

証拠(甲二、一四の1、2、一六、一七の1、2、二三、三二ないし三五、原告玲子本人及び弁論の全趣旨)によれば、原告栄人が日常生活を送るのに、車椅子、介護リフター、障害者用ベッドが不可欠であり、原告らはそのために次のとおり支出したことが認められる。

(内訳)車椅子 一〇万六五〇〇円

介護リフター用吊り具 四万〇一七〇円

ベッド 三一万七五七五円

これらの合計四六万四二四五円も原告栄人の損害というべきである。

(六) 慰謝料

本件事案の内容、原告栄人の受けた傷害の内容、入院状況、治療経過、後遺症の程度、年齢等の諸般の事情を考慮すると、同原告の受けた精神的苦痛に対する慰謝料は二四〇〇万円と認めるのが相当である。

(七) (一)ないし(六)合計 一億七八一六万八九五七円

(八) 過失相殺について

本件プールに設置管理の瑕疵があったことは前記認定のとおりであり、本件スタート台からの飛び込みでは、わずかのミスで事故の起こる危険性が高かったものである。その上、顧問の北教諭は、大蔵中学における水泳部の存続問題に際しての話し合いで事故についても顧慮されており、顧問のいないときには部活動を中止する等、本件プールにおいて事故の起こる危険性を認識していたにもかかわらず、本件事故時には練習に立ち会っておらず、それ以前にも飛び込みの際に生じ得る事故の危険性について部員に十分な指導を行ってもいなかった。

しかしながら、前記認定の各事実からすると、原告栄人は、本件事故当時中学二年生(満一三歳)であり相当の事理弁識能力を有していたこと、小学生当時スイミングスクールに通い、大蔵中学でも一年生から水泳部に所属し、逆飛び込みの技法についてもある程度の知識と経験を有していたとみられること、本件プールでの飛び込みの際に底で鼻を擦ったことがあり浅いと感じていたことが認められるのであるから、顧問教諭から十分な指導を受けていなかったとはいえ、原告栄人としては、自ら逆飛び込みによる事故の危険性にも十分配慮し、逆飛び込みをするに際しては、入水角度が大きくならないようにするなど適切な飛び込みを行うよう留意すべき注意義務があったというべきである。

そうであるところ、前記一6認定のとおり、原告栄人は、本件事故直前にはライダーキックのような飛び込みをするなど飛び込み事故に対する注意の欠如は顕著であり、そのすぐ後の本件事故時の逆飛び込みに際しても注意の欠如は相当高度であったものと推認されるのであるから、本件事故発生につき原告栄人に相当の注意義務違反(過失)があったものと認めるのが相当である。

原告栄人の右過失の程度に、本件事故の全事実関係、特に本件プールの瑕疵の内容、顧問教諭の指導状況等をも勘案すると、原告栄人の過失割合は五割と認めるのが相当であり、右過失相殺により、原告栄人の損害は八九〇八万四四七八円となる。

(九) 損害の填補等について

(1) 証拠(乙一〇及び弁論の全趣旨)によれば、原告栄人は、本件事故後に、特殊法人日本体育・学校健康センターから障害見舞金等として合計二四四〇万八五一〇円の支払を受けたことが認められる。

右受領金は、本件傷害の填補として、原告栄人の前記損害からこれを控除するのが相当であり、右控除後の原告栄人の損害は、六四六七万五九六八円となる。

(2) 被告は、被告が原告栄人の大蔵中学復学に際して支出した学校施設改善及び必要備品の費用、原告栄人の在学中のパート介助員に対する賃金、原告らが受領した公的年金等についても、原告らの損害額から控除すべきである旨主張する。

確かに、証拠(乙一一ないし一八、原告玲子本人及び弁論の全趣旨)によれば、被告主張のとおり、被告が学校施設改善及び必要備品のために費用を支出したこと、原告栄人が大蔵中学に復学してから同校を卒業するまでの間(平成六年四月から平成七年三月までの一年間)、同原告が登校してから下校するまでは被告の雇った介助員が付いており、被告が右介助員の賃金を支出したこと、原告らが公的年金等を受領したことが認められるが、これらは主として身体障害者一般に対する福祉施設や福祉施策、生活補償といった意味を有するものと考えられ、本件損害の填補たる性質を有するものとは認められない。

よって、被告の右主張は採用できない。

(一〇) 弁護士費用

原告栄人が本件訴訟の追行を原告ら代理人に委任したことは本件記録上明らかであり、本件事案の性質、審理経過、請求認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は六四〇万円と認めるのが相当である。

(一一) まとめ

以上から、原告栄人の損害は、七一〇七万五九六八円となる。

3  原告栄司及び同玲子の損害

(一) 慰謝料

原告栄人が本件傷害を負ったことにより、両親である原告栄司及び同玲子が多大の精神的苦痛を被ったことは明らかであり、右精神的苦痛に対する慰謝料は、同両名につき各三〇〇万円と認めるのが相当である。

(二) 過失相殺

前述のとおり、本件事故発生につき原告栄人に過失があったのであるから、これを被害者側の過失として斟酌し、同じく五割を減ずるのが相当であり、過失相殺後の原告栄司及び同玲子の損害は、各一五〇万円となる。

(三) 弁護士費用

原告栄司及び同玲子が本件訴訟の追行を原告ら代理人に委任したことは本件記録上から明らかであり、本件事案の性質、審理経過、請求認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は各二五万円と認めるのが相当である。

(四) まとめ

以上から、原告栄司及び同玲子の損害は、各一七五万円となる。

三  結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、被告に対し、本件事故による国家賠償法二条一項に基づく損害賠償として、原告栄人については、七一〇七万五九六八円及び内六四六七万五九六八円に対する本件事故発生の日である平成四年七月一五日から、内六四〇万円に対する本判決言渡しの日の翌日である平成一〇年二月二八日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告栄司及び同玲子については、各一七五万円及び内各一五〇万円に対する本件事故発生の日である平成四年七月一五日から、内各二五万円に対する本判決言渡しの日の翌日である平成一〇年二月二八日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、それぞれ求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森本翅充 裁判官太田晃詳 裁判官田中俊行)

別紙図面〈省略〉

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